「両利きの経営」とは?製造業におけるイノベーションを起こす理論の解説と実現に向けて

製造業を取り巻く事業環境は、新型コロナウィルス感染症をはじめ、国際情勢の変化など、様々な課題を抱え局面を迎えています。

これらが与える事業環境への影響に対して、安定した既存事業だけで経営を行っていくのではなく、新規事業やビジネスモデルの創出=イノベーションへの加速が求められています。

今回は、製造業におけるイノベーションの必要性について、イノベーションのための経営理論「両利きの経営」を踏まえ、解説します。

両利きの経営とは

両利きの経営とは、世界的な経営学者として知られるチャールズ・A・オライリー、マイケル・タッシュマンが提唱した経営論で、イノベーションのジレンマを乗り越える方法として注目を集めています。

成熟した企業は、確実に利益があがる既存事業の改善のみに注力するだけではなく、絶えず組織が変化し続ける状態を生み出す必要性がある、といったことを説明しています。

「両利き」とは、「知の深化」と「知の探索」という、一見相反する2つをバランスよく両立させることです。

知の「探索」と「深化」を掛け合わせることがイノベーションを創出し、経営をより強固なものにするのです。

知の「深化」とは

知の「深化」とは、既存事業を今以上に成長させるために「掘り下げる」ことで、継続的な改善を重視しています。企業内部にはこれまで参加していた事業領域に対する知識や製品・サービス開発に関するノウハウが蓄積しており、また既存顧客の存在という資産もあります。

すでにあるものについて、これまでと異なる角度から見たり、組み合わせを変えたりすることで、改善する余地がないか検討し磨き上げていくことを目指します。

知の「探索」とは

知の「探索」とは、新規事業やイノベーションを生み出すためにアイデアを探索することです。既存知や経験知などこれまでに培った知を集め、組み合わせることでイノベーションが生まれます。そのためには知の範囲を広げる必要があり、これが知の探索と呼ばれています。知の探索では、既存事業とは離れたところに挑む姿勢が肝だといえるでしょう。

より強固な事業基盤を築くためには知の深化・探索の両輪をまわしていくことが重要なのです。

製造業界で「両利きの経営」が注目される背景

「2020年度(令和2年度)国民経済計算年次推計のポイント」によると、GDPにおける製造業の割合はおよそ20%前後で推移し続け、全産業の中で最も高い割合となっています。

日本の産業を牽引し続けているといえるでしょう。

しかしながら、現在、日本の製造業は、厳しい状況に置かれています。

経済産業省の「2021年ものづくり白書」によると、2020年の業績の動向で売り上げが「減少した」「やや減少した」と回答した企業は70%を超えました。

これは新型コロナウイルス感染症による影響で、国内外での生産活動、材料の調達、物流や配送と言ったサプライチェーン全体に影響が出てしまった結果、売り上げが減少した企業が多いためです。

今後3年間の見通しにおいても明るくなく、依然として先行き不透明な状況が続いています。

これらの喫緊の課題に対する対策として、とりわけ設備投資などを控える傾向が高いコスト削減などに取り組む企業は多いが、長期的な収益安定や経営の成長は難しいといえます。収益の強化や成長性確保に対して根本から改善を行うためには、技術革新や新商品開発による新たな付加価値創出に向けて、「イノベーション経営」に対して真剣に取組む必要があります。

製造業界で「両利きの経営」が注目される背景
備考:経済産業省「2021年版ものづくり白書」のグラフを基に加工して作成

日本における「イノベーション」の捉え方

日本の企業においては、感染症や気候変動、国際情勢の変化などによる影響もあり、近年、新規事業や研究開発費への投資よりもコスト削減や設備などへの投資抑制への優先度が高くなり、イノベーションを生み出し難い環境に陥っています。

2019年経済産業省 第14回 産業構造審議会 産業技術環境分科会が調査した破壊的イノベーションに対する日本企業のアンケート調査によると、66%の企業が「日本企業は革新的イノベーションを起こしにくい」と回答しており、起こしやすいと回答した18.1%に比べ、実に3.5倍以上の開きがある結果となりました。

日本における「イノベーション」の捉え方
備考:経済産業省「第14回 産業構造審議会 産業技術環境分科会 研究開発・イノベーション小委員会 2019.10」のグラフを基に加工して作成

なぜ、日本企業では「イノベーションを起こしにくい」のか。これにはリスクを取ることに対する消極的な経営が要因であると考えられていることがわかりました。

革新的イノベーションの阻害要因
備考:経済産業省「第14回 産業構造審議会 産業技術環境分科会 研究開発・イノベーション小委員会 2019.10」のグラフを基に加工して作成

特に、大企業や成熟した企業ほど、安定した既存事業の延長線上ではない新規事業を探索することは、大きな意思決定や仕組みづくり、組織変革など、イノベーションを創出しやすい環境へと見直すことが必要です。成果が出るかも不透明な上、成果が出るまで長期間必要となるイノベーションへの取組に対して、手間やコストをかける意思決定をしづらいのです。

両利きの経営を実現させるアプローチ

では、イノベーションのための知の「探索」と「深化」を両立させるためにはどうすればよいのでしょうか。

ここでは、両立のための3つのアプローチを紹介します。

両利きの連続的アプローチ

連続的アプローチとは、時間の経過とともに「深化→探索」を全社で繰り返しながら、成長を遂げていくことです。小規模であればこの切り替えはしやすいかもしれませんが、組織フェーズによって困難を伴う場合もあります。

連続的アプローチを成功させるためには、効果的なインセンティブ設計や組織の文化醸成が必要となります。

両利きの構造的アプローチ

新規事業の成功のためによく実践されているのが、両利きの構造的アプローチです。

既存事業は生産性向上や改善を重視されるのに対し、新規事業は柔軟に実験を繰り返すトライアンドエラーの姿勢が求められます。

この2つは、そもそも戦略もマネジメントも異なる考え方で成り立つものであるため、構造上「既存事業(深化)チーム」と「新規事業(探索)チーム」といった形で2つのユニットに分ける考え方です。

しかしながら、このアプローチでは、社内のリソースを共有せずに孤立させると、うまくいかないことが指摘されています。横断組織により、2つのユニットに対して効率的にリソースを提供することが成功の鍵となりそうです。

両利きの文脈的アプローチ

クリスティーナ・ギブソン教授とジュリアン・バーキンショウ教授が2004年に提唱した、3つ目のアプローチです。

文脈的アプローチとは、前述した構造的アプローチのようにユニットで役割を棲み分けるのではなく、一人ひとりが、業務において探索と深化のバランスを取れるように、組織の機能や制度を設計する方法です。

自律的な組織文化を作り上げる必要があり、組織構築や管理方法などをきちんと作り上げる必要がありますが、構造的アプローチのようなユニット間での対立は起きづらく、皆が新規事業に目を向ける状態となるので、現場全体が一丸となり協力体制も引きやすくなります。

「両利きの経営」を行うための実践ステップ

3つのアプローチを通じて、両利きの経営を行うために取り組むべき実践ステップをお伝えします。

自社内の「知」の集約

製造業のようなモノづくりを行う企業では、業務の特性上、ベテランのナレッジが属人化してしまいやすい傾向があります。

イノベーティブな発想をし新規事業を起こすためには、ナレッジを集約し、誰もがアクセスできる状態にすることが重要です。

属人化によるリスク、解消方法について詳しくはこちらの記事をご覧ください。

属人化とは?起きる原因や業務におけるリスクについて解説
属人化とは?起きる原因や業務におけるリスクについて解説
ある業務について特定の人物しか作業の手順がわからないということは、どんな企業においても少なからずあると思います。いわゆる「属人化」と呼ばれる状態です。しかし、その属人化をそのまま放置してしまうと、後々企業にとって大きなリスクとなる可能性があります。

効率的なリソース配分

両利きの経営を実践するためには、社内のリソースを効率的に配分することが特に重要です。新規事業成功のためによく実践されている両利きの構造的アプローチでは、社内のリソースを共有化することが成功の鍵となることを説いています。

自律的な組織構築や管理方法など、組織文化の変革

既存事業と新規事業では異なる戦略やマネジメントのなかで共存することになります。

業務内容は違えど互いに情報を共有し合え、皆が一丸となって経営の成長に向かっていける組織文化の情勢、変革を作り上げるリーダーシップも経営者には求められます。

両利きの経営でイノベーションを起こすにはナレッジマネジメントが不可欠

両利きの経営においては、知の「探索」と「深化」をバランスよく両立させることが重要だということはご理解いただけたかと思います。

既存事業はもちろん、特に新規事業においては、成功であっても失敗であっても、実験的取組をオープンにしてナレッジを蓄積させることで学習を積み重ねることが大事なのではないでしょうか?

【保存版】ナレッジマネジメントとは?メリットや基礎理論の解説
【保存版】ナレッジマネジメントとは?メリットや基礎理論の解説
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