ナレッジ経営の今と未来 ✕デジタルアイデンティティ 小林 氏

変化の激しいデジタルマーケティングの分野で、全社的な知見のインプット、アウトプットの共有を仕組み化しているのがデジタルアイデンティティだ。

SEOコンサルの専門家であり同社取締役の小林 睦 氏(写真 左)に、オープンカルチャーとチームシップにもとづいたナレッジ経営とその成果について、any代表取締役社長の吉田 和史(写真 右)が聞く。

 

 

課題は、点在するアウトプット情報の「一元化」

吉田 デジタルマーケティングで急成長しているデジタルアイデンティティ様ですが、具体的にはどんな業務を行っていて、その中で小林さんはどんな役割を果たしているのでしょうか。

小林 個別にニーズに合わせて「アイデンティティ設計」を行い、その設計に基づいてデジタル戦略立案や運用を行っています。具体的には、インターネット広告やSEOなどの集客施策から、Webサイトやアプリの制作などの中身の部分、MA・CRMなどの顧客育成の領域まで、デジタルマーケティングの端から端までをワンストップで戦略から実行まで行っています。

その中でも、私はSEOコンサルタント業務を中心に担当し、クリエイティブ、メディアの責任者を経て、現在は取締役という立場で会社全体の経営を見ています。

吉田 会社の規模も急成長していく中で、ナレッジ共有にはどのように向き合ってきたのでしょうか。

小林 デジタルアイデンティティが創業した2009年当時は、社員は30名程度。それが、今では190名、グループ会社の従業員も含めると約500名規模の会社に成長しています。そういう中で、当初の課題は「情報のアウトプット」でした。定期的にブログを更新したり、EvernoteやSlack、チャットなどのツールを導入していくなかで、情報のアウトプットは習慣化できていました。

一方で、情報がいろいろなところに点在してしまい、探したいと思っても最新の情報がどこにあるのか上手く見つけられないということがあります。さまざまなツールがあるうえ、情報も社内サーバーの個々人が使いやすい場所に散らばっています。これをどう整理して一元管理するかが、最大の課題となっています。

吉田 情報の一元管理には、まずツールの方向性についてプロジェクトを組んで考えたほうがいいかもしれませんね。個人利用のツールをどこまでOKにするかなど、いろいろ決めるべき細かいルールがありそうです。

小林 人数が少ないうちは、「何となくあそこを探せば見つかる」で通用していたのですが、人が増え組織の規模が大きくなると、新しく入社した社員は、何がどこにあるのかわからない、という感じです。

知見を共有するための社内ブログ

吉田 人材の流動性が高まっていて、いまや年間300万人、労働人口の6%が転職しています。特にデジタルマーケティングのような業界では、構造的に人の入れ替わりが激しく、組織としてナレッジをどう蓄積して活用するかは大きな課題ですよね。

小林 弊社には個人がインプットした情報をアウトプットする場として、「デジタルマーケティングブログ」というのがあります。知見のインプット、アウトプットは、この「デジタルマーケティングブログ」で共有するというのが企業文化として根付いています。

そのほか、個人のアウトプットの場だけでなく、業界・業種ごとの最新ニュースを自動的に取得し、チャットに投稿するRPAを組み込み、知りたいと思った人が最新情報をいつでもインプットできる場所も作っています。
※RPA=Robotic Process Automationの略。人間がコンピューター上で行っている定型作業を、ロボットで自動化すること。

吉田 新しく入社した人へのナレッジ共有は、どのように行っているのですか。

小林 最初にスキルチェックを行い、その人材のスキルを可視化しています。それぞれのタスクにマニュアルがあるので、自分ができる業務のタスクをマニュアルに沿って行う、という流れができています。

吉田 マニュアルの更新は決まった担当者がいるのでしょうか?

小林 決まった担当者がいるわけではなく、IT担当者などもいないので、最初にそのタスクを手がけた人がマニュアルをまとめることが多いです。アップデートは気づいた人がやるという感じです。情報整理などのメンテナンスは、営業アシスタントの業務に組み込むことで、アウトプットしたまま放置されないように仕組み化しています。

吉田 現場から情報が発信されて、社内共有までの仕組みも自分たちでつくってしまう。まさにデジタルアイデンティティ様の強みが生かされていますね。

小林 整理や分類に関しては、チームや職種によっても最善形が変わってくるので、まだまだ課題が多いと思っています。

吉田 ナレッジ経営のプロダクト提供者として、我々も情報の整理や分類は、人が頑張らなくてもいい機能開発の準備をしているところです。運用担当者が全ての投稿を精査して分類を行っていく工程は、情報量が増えると膨大な工数になってしまいます。そこを自動化し、ナレッジを共有してもらうことにフォーカスできるように準備していますので、今後にご期待ください。

小林 それはいいですね。データベースでナレッジを共有して、タグ付けも自動でできると助かります。タグの表記ルールは、人によって違うので、統一が本当に大変で。

吉田 タグは煩雑になりやすいですからね。既に複数のタグを1つに統合することはできますが、今後は自動的にできるようにすることを考えています。

個人のナレッジをどう社内に共有するか

吉田 小林さんはマネージャー時代、自身の持つナレッジをどのように社内共有していたのですか。

小林 プレーヤー時代は自分のナレッジを自分が見つけやすいようにタグやフォルダに分けて自己流で管理していました。そうやって自己流でまとめたガイドラインを、新入社員の研修で使ったり、外部の企業向けにお話することもあります。ただ、自分用のメモを他の人でもわかるように作り直して伝えるのは、なかなか骨の折れる作業でしたね。

吉田 企業が強くなるためには、ナレッジの共有が重要です。しかし、人によっては個人のナレッジは社内での優位性を保つ武器と考えて、ナレッジを共有することに心理的抵抗を感じる人もいます。営業では、そういう傾向が強くありますね。

小林さんの場合、マネージャーとして社内への共有はともかくとして、社外にナレッジを提供することに、異論はなかったのでしょうか。

小林 確かに「自社の知見を社外に共有するなら、SEOコンサル自体がいらないのではないか?」というようなことを言われたことはあります。でも、ナレッジをお伝えして、そこからどうするかがコンサルタントの力量。ナレッジを社外に出すことに、特に抵抗はありませんでしたね。

吉田 ナレッジをアウトプットしない人がよく言うのは、「具体的に何を共有していいのかわからない」「アウトプットする時間がない」「自分が書いたことに対して、他の人から評価されることに抵抗がある」などです。デジタルアイデンティティ様では、そのようなナレッジ共有へのハードルを感じる人は少なかったのでしょうか。

小林 もちろん弊社でも、最初から今のようなアウトプット文化があったわけではありません。「デジタルマーケティングブログ」を立ち上げても、「忙しくて執筆なんかできない」という雰囲気で、始めた頃は結構大変でした。

それが、いろいろな部署から人材が集まって任意のブログチームができたあたりから、上手く機能するようになりました。新しく入社した人には、ブログチームがライティングスキル、記事を書くルールまで講習会をしてくれます。

書かれた記事に対しても、ブログチームを中心にファクトチェックをして、フィードバック。コメントなどがつくことで、そこから議論が始まったりして、活発なコミュニケーションが交わされています。

経営資源としてのナレッジをどう捉えるか

吉田 今は経営陣の一員の小林さんですが、プレーヤー時代、マネージャー時代、そして取締役としての現在と、ナレッジに対する捉え方が変わってきた部分はありますか?

小林 ナレッジの共有への重要性は最初から理解していました。ただそれぞれの立場でナレッジに対して何を重視するかという認識は、違ってくるでしょうね。

プレーヤーは、自分が効率的に仕事をするためのナレッジ管理が最も重要となります。マネージャーは、部下の成長のために情報を見つけやすく共有しようと考えるようになるでしょう。

一方で、経営者としては、情報の整理をコスト視点で考えることもあります。たとえば、最初は無料だからといろいろなツールを使うと、後から一元管理しようとしたときにかえってコスト高になる、ということもよくあります。コスト視点で最適な方法を選択することが必要ですね。

吉田 多くの企業で、社内の情報は整理されておらず、検索しても見つけられないことが多々あります。それを解決するのが、ナレッジ経営です。ナレッジを経営資源と捉えて、社内に財産として蓄積、誰もがアクセスできる仕組みをつくることが経営の視点として重要になってきます。

ナレッジ経営を実践しているデジタルアイデンティティ様では、具体的にどんなメリットを実感していますか。

小林 ナレッジ経営は業務の効率化、売上向上、さらに社員のエンゲージメント向上に繋がるものだと感じています。

ナレッジが一元管理できていれば、情報が見つからないとか、それによってムダな作業が増えるという社員の不満を解消し、効率化が図れます。当然、社員の会社へのエンゲージメントも上がっていくはずです。

リーダーが旗振り役として徹底的にコミットする

吉田 デジタルアイデンティティ様のようにオープンなカルチャーで、ナレッジ経営を実践していくには、何が必要だと思いますか。

小林 まずは旗振り役がしっかりコミットすることですね。ツールを導入したり、枠組みを作っても、それだけでは誰も使ってくれません。起案者が、みんなに使ってもらえるように丁寧なサポートをしていくことが大事です。

「デジタルマーケティングブログ」も、ブログチームが中心となって、少しずつ工夫を重ねることで浸透してきました。「いいね板」といって、誰かが共有した知見を賞賛する専用の板を作ったのも、工夫の一つです。

吉田 リーダーが旗振り役となり、「できたらいいな」ではなく、「必ずやりきる」という覚悟でコミットメントするということですね。

ナレッジ経営が軌道に乗ると、確実に組織の生産性は上がります。ナレッジワーカーの人は1日8時間の勤務時間のうち、誰かに質問したり、社内ツールで検索したりして情報を探す時間が平均して114分もあるんです(米IDCによる調査)。この約2時間をできるだけ短縮し、本来やるべきクリエイティブな業務にあてることで、ストレスフルな状況を回避でき、業務効率化にもつながります。結果として個のパフォーマンスがアップする。それがわかっていれば、「やりきる」意義も納得できるはずです。

小林 本当にそうですね。ただし、それを上手く回すには、最初にルール策定をしっかりして、旗振り役を誰がするのかを明確にすることが必要です。適切なツール選定も大切ですね。

単なる情報を「ナレッジ」に変換する

吉田 既にある社内規定やマニュアル等の情報が活用できていないとすれば、それは誰にとって重要で、どんな業務に役立つかという「背景情報」が抜け落ちているからです。それだけでは、どんな社内規定もマニュアルも、単なる情報にすぎません。「入社何年目の、どの部署の、どの職種の人にとって、このシーンで必要」という紐付けができて、初めて情報が業務を動かすナレッジになります。

こう考えると、必ずしもゼロからナレッジを共有してもらうだけでなく、今ある情報をナレッジに変換していく、というナレッジの引き出し方もあるはずです。

30年以上前から「社内の情報が見つからない」「業務が属人化している」「何度も同じ事を回答する」という課題はどこに企業でも起きており、それらを解決するためのソリューションこそがナレッジ経営です。

この「ナレッジ経営」という概念そのものを多くの人に理解してもらい、最適解を打ち出すことが我々の大きなミッションだと思っています。

 

 

プロフィール

株式会社デジタルアイデンティティ 取締役 小林 睦 氏

2006年よりSEOコンサルタントとして業界・業種を問わず活躍。エンジニア資格を保有し、クライアントのシステム部と連携したコンサルティングを得意とする。2018年より株式会社デジタルアイデンティティ取締役就任。

any株式会社 CEO/CKO 吉田 和史

2018年〜3年間に渡って「一人一人のナレッジを組織の力に」をミッションとするナレッジ経営クラウド「Qast(キャスト)」の企画、開発、運営に携わり、ナレッジ共有に課題のある企業様へツール導入から定着支援を行う。 2021年、CKO(チーフ ナレッジ オフィサー)に就任し、ナレッジ経営の普及活動と自社でのナレッジ経営実践に尽力。

Qastラボ編集部

Qastラボ編集部では、これからの働き方において必要な"未来のナレッジマネジメント"について研究しています。 ナレッジ共有、業務効率化、経営戦略、コミュニケーションツールなどテーマ別に役立つ記事をご紹介します。

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